台風19号を経て得た大切なもの

日常




こんにちは、あきらん(@akilans)です。

日本に大きな爪痕を残した台風19号。
今も多くの方がその災害に苦しんでおられ、亡くなられた方もいらっしゃいます。

私は川の氾濫の危険から、避難所のお世話になりました。

数日前から十分に備えたはずなのにどうして?という気持ちがなかったといえば嘘になりますが、準備段階から多くのことを学びましたので、書き留めておきたいと思います。

台風発生

「あー、Pro3いいなぁ、Nikonも…」
なんて、ダラダラやってたと思います。

また、友達と新潟に旅行する予定なんかもあり、ザワザワした三連休前でした。

「世界史上最大級の台風が来る」というニュースは、すぐに周りの状況を変えてしまいました。

備え

旅行に行こうと休みを長めに取っていました。
万が一に備え、断腸の思いで旅行をキャンセルさせて頂き、台風に備えることにしました。

色々と思いつく限り、準備をしました。

窓にテープを貼る。
(割れた時の飛散を防ぎます。)

モバイルバッテリーを買う。
(平日なのにこのコーナーだけ凄い人でした。)

バスタブに水を張る。
(水はいくらあっても良い。)

外のモノを全て家の中に入れる。
(近所にモノが飛ぶ二次被害を防ぎます。)

逃げる準備をする。
(使いたくはないけれど…。)

他にも、
水嚢をたくさん作り、排水溝の上を塞ぐ。
携帯やタブレットを常に満充電に保つ。
水やお菓子を買い溜める。
などなど、思いつく限りのことをやりました。

襲来

そして12日(土)、ついにアイツはやってきた。
一日中、降り続く雨。

つけっぱなしにしてあったテレビからは、土砂災害や水害の危険が常に報じられていました。

そして…。

夕方、私の住む地域にも河川氾濫の危険から、レベル4(避難勧告)が発令されました。
生まれて初めての経験でした。

避難

夫婦だけであれば、家に留まることも考えたでしょう。
しかし、私たちには大事な大事な息子がいます。
何よりも「いのちだいじに」。

私たちは、必要最低限の荷物を持って、雨風止まぬ外へ飛び出しました。

とっさにGRは持って出ました。

万が一、停電する事態も想定して、ブレーカーは落として逃げました。
(電気復旧時の漏電火災を防ぐためです。)

準備に手間取り、妻と子供の後を追う形で避難所についたのですが、残酷な世界がありました。
「この避難所はもういっぱいです!他の避難所を開設しましたので、そちらにご移動をお願いします」と。

避難所っていっぱいになるんだって初めて知りました。
「家族が中にいるので!」と入室しました。
まるで映画みたい。

部屋に入るや否や、家族の姿と、その少し離れた場所で酒盛りしている集団が目に入りました。

「避難所で何してんだ、遊びじゃねぇんだよ!」って叫びたい気持ちをグッと堪え、周りに影響を与えないように配慮しました。

現在では定着したといわれる避難所での禁酒ルールですが、現実はまだまだなんだなって思い知りました。
私もお酒は好きな人間なので、気持ちはよく分かりますが、時と場所を選んで、モラルに忠実に愉しむべきです。

法整備をしても良いのではないかとさえ、思えました。

台風が過ぎ去るのを待っている間、備蓄のクラッカーと、毛布20枚が配られました。

毛布に関しては、周りの人で空気を読みながら高齢者中心に手渡しました。

どんどん、警戒レベルが上がる中、日付が変わる前に台風は去りました。

結果的に家族にも、家にも何の被害もありませんでした。

一過

翌日、晴れ渡った青空の中、近くの河を見に行きました。

あと2メートル程度、水位が上がっていたら、溢れていたでしょう。

河からの帰り道、近くの公園で子供が遊ぶ様子を、穏やかな気持ちで眺められたこの日の朝は、決して忘れることは無いと思います。

最後に

まだまだ他県では非難されている方もいらっしゃるので、本当に慎重に対応頂きたいです。
こんな時なのに悪いことを考える人もいます。

翌朝、我が家の周りも空き巣狙いが徘徊してました。

また、逃げている最中、色々考えました。

生きてれば、またやり直せる。
生きてれば、また笑って楽しめる。

何事もなかったから、絵空事のように聞こえるかもしれませんが、沈むかもしれないって思った時は、本気でそう思いました。

普段からアレが欲しいコレが欲しいと言って、目の前の欲望と闘いますが、結局、欲しいものは人生を生きていく上で一つのツールでしかないんだなって気付かされました。

そう言った意味でも、こんな状況でも活躍できるGRはほんと凄いって思いました。

色々とお金の使い道も考えなきゃな〜って思いましたとさ。
(欲しいものは欲しいままなんだけどね。)