こんにちは、あきらん(@akilans)です。
最近、AIで画像生成したり、VRChatで写真を撮ったりしているからこそ、「写真って何だろう」と考えることが増えました。
そんな時に、自然と手が伸びるのがモノクロだったりします。
モノクロは、色を捨てるためのものではありません。色を知るためのものだと思っています。
先に言いますが、モノクロは映えません。
SNSでも反応はかなり鈍いです。
ですが、そこには「光を追う」という写真の根幹が詰まっている気がしています。
今回はそんなモノクロ写真の魅力を紐解いてみたいと思います。
モノクロとは何か
モノクローム、端的に言うと「白黒写真」です。
「カラーが撮れるのにどうしてわざわざ色を抜くの?」と思われる方が大半かもしれません。
また、もしかしたら、フィルタ効果の一つとしてモノクロを捉えていらっしゃるかたもいるのかもしれません。
私にとって、写真を撮る行為は「光を写すこと」だと考えています。
さて、光は何色でしょうか?
朝日をとるなら黄色っぽい色かもしれませんし、森で撮るなら緑色っぽいかもしれません、夕日なら赤色でしょうか。
ですが、言わずもがな、それは被写体を通した色のイメージであって、本来の光の色ではありません。
私の中では、光はいつも白として存在しています。
モノクロで見える世界

冒頭申し上げた話に少し戻しましょう。
「カラーが撮れるのにどうしてわざわざ色を抜くの?」という問いです。
「色」という情報が消え、光や影、形だけが残ります。
つまり、光が見えやすくなります。
濃淡をつければ、より鮮明に見えるようになりますし、淡くすれば優しい光の表現になります。
そうすることで、光の強さや向き、当たり方などを自然と意識するようになります。
光の本質を見やすい形にしてくれると思っています。
色を失ったからこそ見えるもの
ところで話は変わりますが、私の好きなアニメに「色づく世界の明日から」という映像作品があります。
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色づく世界の明日から 公式サイト
色づく世界の明日から公式サイト。監督 篠原俊哉、キャラクター原案 フライ、アニメーション制作 P.A.WORKS
infinitedayo.jp
色を失った主人公が、色んな人たちとの関わりを通して、色を取り戻していくストーリーです。
この作品を見ていて思ったのは、「色を失うこと」ではなく、「色を取り戻した時に世界はどう見えるのか」ということでした。
もしかすると、色を失うことによって、何か損したような気持ちになる方もいらっしゃるかもしれません。
私もはじめはそういう感情があったかもしれません。
ですが、今ならわかります。
自分の写真に色が戻った時、どういう世界が待っているのか。
これまで述べてきたように、モノクロでは色に頼ることができません。
それ故、モノクロを撮り始めたばかりの人は、その難しさに頭を抱えるかもしれません。
光を見る。
コントラストを見る。
形を見る。
視線誘導を作り情報を整理する。

カラーでは色に頼った結果、このスキルが疎かになってしまうことも多々あろうかと思いますが、モノクロでは逃げも隠れもできません。
それを繰り返すうちに、自然と上達していきますし、その実感も出てくると思います。
モノクロで身についた「光を見る目」は、カラーに戻っても失われません。
むしろ、色を「足し算」ではなく「意味のある情報」として見られるようになります。
だから私は、色を知るために一度、色を失うのです。
私が「モノクロは色を知るためのもの」だと思う理由は、そこにあります。
モノクロで鍛えた「見る力」に、色という強烈な情報が加わると、色は主役ではなく、写真を支える一つの要素になります。
もちろんモノクロのままでの美しさもあります。
写真をもっと好きになる一つの手段であるとも言えます。
私はモノクロが写真の正解だとは思っていません。
ですが、写真の本質を学ぶには、とても良い先生だと思っています。
光を見ること。
光を写すこと。

私にとってモノクロは、その一番大切なことを教えてくれる存在です。